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東京地方裁判所 平成3年(手ワ)538号 判決

原告

有限会社ジーアールエスシステム

右代表者代表取締役

申徹

右訴訟代理人弁護士

斉藤俊一

被告

安田春吉こと

安商宅

右訴訟代理人弁護士

布留川輝夫

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、金三五〇〇万円及びこれに対する平成二年一一月九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は仮に執行することができる。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙手形目録記載の約束手形一通(以下 本件手形という)を所持している。

2  被告は、支払期日を白地とする本件手形を振出した。

3  原告は、本件手形を支払期日に支払場所に呈示したが、支払を拒絶された。原告は、平成二年一一月一日ころ、右白地部分を補充した。

よって、原告は、被告に対し、本件手形金三五〇〇万円及びこれに対する本件手形の満期日である平成二年一一月八日から支払済みまで手形法所定年六分の割合による利息の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実は認める。

三  抗弁(白地補充権の消滅時効)

被告は、昭和五四年一二月二一日、支払期日を白地として本件手形を振出した。したがって、本件手形の右白地補充権は、右同日から五年の経過により時効が完成したことは明らかであるから、前記第一回口頭弁論期日において白地補充権の消滅時効を援用する。

四  再抗弁(時効中断)

1  被告の抗弁に関する主張事実は、認める。

2  訴外申相澈(以下 訴外申という)は、昭和五四年一二月二一日、被告に対して金三五〇〇万円を利息年7.2パーセント(月利0.6パーセント)の約で貸し付け(以下 本件貸金という)、被告は、右貸付金の支払のために満期日を白地とした本件手形を振出した。

3  被告は、訴外申からの借入金に対する昭和六〇年三月から同年九月までの利息として合計金七五〇万円を支払ったので、訴外申は、被告に対して、本件手形に対する利息相当分を確認したところ、右金七五〇万円の内金二一〇万円が昭和五九年一二月から昭和六〇年九月までの本件手形金に対する利息であると述べたので、これを本件手形金の利息に充当した。その後、被告は、利息を支払わなくなったので、再三再四請求をしたところ、昭和六三年九月八日に昭和六〇年一〇月より昭和六三年九月までの三〇ヵ月分の利息として合計金六三〇万円を支払った。

4  被告の右利息金の支払により、本件手形の白地補充権の消滅時効の進行は中断した。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告の請求原因事実及び本件手形が昭和五四年一二月二一日振り出されたこと、原告が本件手形の白地の部分を平成二年一一月一日ころ補充してこれを呈示したことの各事実は、当事者間に争いがない。

右事実によると、本件手形の白地補充権は、本件手形の振出日である昭和五四年一二月二一日から五年の経過により時効により消滅したというべきである。

二原告は、本件手形は、訴外申の被告に対する貸金の支払のために振り出されたものであり、被告は、昭和六〇年九月まで本件貸金の利息を支払ったが、その後、訴外申からの請求に応じて昭和六三年九月八日に昭和六〇年一〇月より昭和六三年九月までの三〇ヵ月分の利息として合計金六三〇万円を支払ったから、これにより本件手形の白地補充権の時効の進行は中断した旨を再抗弁として主張する。

1  被告は、昭和五四年一二月二一日、金三五〇〇万円を利息年7.2パーセント(月利0.6パーセント)の約で借り受け、その後、原告主張のように本件貸金の利息金を支払ったか否かが争点である。

原告代表者本人、証人訴外申、同李在律、同安教雄の各証言、〈書証番号略〉によれば、訴外申は、昭和五四年五月一七日頃、被告に対し金三〇〇〇万円を貸し付け、その支払のために約束手形一通(〈書証番号略〉)の交付を受けたが、被告は、所定の期日に返済ができなかったことから順次これを書替えるなどしてその支払期日の延期をしたが(〈書証番号略〉)、その後も右借受金の返済をするに至らなかったためその金利分として金五〇〇万円を支払うことを約して本件手形を振り出し交付したこと、原告は、訴外申に対する貸付金債権を有していたことから、平成二年一一月一日ころ、同人から本件手形の交付を受け、受取人欄及び支払期日を補充したうえで、本件手形を呈示したこと、根岸武夫名義の預金通帳(〈書証番号略〉)には被告から毎月金二一万円が振り込まれた旨の記載がなされていること、また、根岸満名義の預金通帳(〈書証番号略〉)には被告名義で昭和六〇年三月二八日から同年九月二七日までの間金一〇〇万円ないし金二〇〇万円が振り込まれた旨の記載があること、根岸武夫名義の預金通帳(〈書証番号略〉)には被告名義で昭和六三年七月二日に金五五〇万円、同月一五日には金八〇〇万円、同年九月八日には金六三〇万円がそれぞれ振り込まれた旨の記載があることの事実が認められる。

ところで、訴外申及び原告は、本件貸金の際にその金利を年7.2パーセント(月0.6パーセント)とする旨の約があり、被告名義で振り込まれた右各金員はいずれも右合意にしたがった金利分に相当する金額が振り込まれており、被告も本件貸金の利息として振込みしたものである旨を供述する。しかしながら、証人李在律、同安教雄、〈書証番号略〉によると、被告が訴外申から借り受けた金三〇〇〇万円についてはこれを返済することができなかったことから、金利分として金五〇〇万円を加算して本件手形に書き換えたものであり、この間はもちろんその後においても被告が右借入金の金利を支払ったことを認める証拠はないし、訴外申においても金利の支払い方を請求した形跡もない。また、原告が、被告からの本件貸金の利息の振り込みがあったとする〈書証番号略〉の預金通帳は、パチンコ経営に関する事務担当者がその通帳の記載管理を行っていたものであって、同人のその旨のメモ的な記載がなされていることに照すと(証人安教雄、〈書証番号略〉)、右金員は長野におけるパチンコ店の共同経営に伴う費用として振込まれていたものであると解するのが相当であり、所掲の各証拠によっても、被告からの右振込みが原告が主張するように本件貸金に対する利息としての振込みであると断ずることは合理性に乏しいといわざるを得ない。また、被告から振り込まれた金七五〇万円について、原告は、被告に対して本件手形金の利息相当分を確認したところ内金二一〇万円が昭和五九年一二月から昭和六〇年九月までの利息である旨を述べたとか、右金員の内金二一〇万円を本件手形金の利息として充当する旨を被告に伝えたとか褸々主張するが、かかる事実を認める証拠はない。かえって、証人李在律は、被告が訴外申から本件貸金をした際、金利についての約がなされたとは聞いていないこと及び右その後も被告が右借入金の返済をしていたことは聞知していない旨を供述しており、加えて、本件全証拠によるも本件貸金の際、金利として年7.2パーセント(月0.6パーセント)の約がなされたとする原告本人尋問及び証人申の証言は曖昧であり、他にこれを認める的確な証拠もない。これらを総合して勘案すると、原告が主張するように被告が金三五〇〇万円の利息として前記各金員を支払ったか否かは疑問であるといわざるを得ないし、所掲の各証拠によるも右事実を認めることは困難であるといわざるを得ない。

2  原告は、被告から本件貸金に対する利息の支払があったので、本件手形の白地補充権の消滅時効の進行が中断した旨を主張するので、右利息の支払が本件手形の白地補充権の時効の進行を妨げる中断事由となり得るか検討する。

白地補充権の消滅時効は、その権利を行使することを得る時より進行するものとされており、本件において、被告は、昭和五四年一二月二一日、支払期日を白地とする本件手形を振り出したのであるから、その白地補充権は、右白地補充権の行使について法律上の障碍のない限り、右振出しの時から五年の経過により時効が完成し消滅することは自明である。ところで、手形上の権利義務の発生・消滅・変動等は、署名や書面上の記載による等の法定の方式をみたしたいわゆる手形行為により行われることを原則としていることは多言を要しないところである。しかしながら、当事者間で手形上の権利について何らかの合意等をした場合には、右合意等は、手形そのものの権利義務の内容を変更するものではないが、振出人あるいは裏書人が、これを人的な事由として手形所持人の手形上の権利行使に対して対抗し得る場合のあることは否定できないところである。したがって、原・被告間において、白地補充権の行使に関し手形法上の手形行為と異なる手形外の人的な事由によることを定めたような場合には、原告は、それにしたがって本件手形の白地補充をすることになり、このような人的事由を対抗される原告が、白地補充をして手形上の権利の行使をしてきた場合には、被告は、右合意等の人的な事由の存することを主張して白地補充の効果を否定し、その支払請求を拒むことができる。このように人的事由により白地補充権の行使が阻害される場合には、それにしたがって時効期間の起算点も措定されることとなる。

ところで、原告及び証人申は、被告が、当初は本件貸金の利息の支払を継続していたが、そのうちに右利息の支払を怠るようになったので、その支払い方の請求を再三にわたって催促したところ、昭和六三年九月八日、昭和六〇年一〇月より昭和六三年九月までの三〇ヵ月分の利息として合計金六三〇万円を支払ったこと、その後、被告が、本件貸金の支払請求をするも全く支払う態度を示さなかったので、本件手形の満期日を補充して本訴請求に及んだ旨を供述する。右事実によると、原告の本件貸金に対する支払請求をした結果、被告が前記のように利息を支払うに至ったが、その後本件貸金の支払請求に対して被告が何ら支払の態度を示さないことから本件手形の白地補充をして、本件手形金請求に及んだというものである。原告は、原告の本件貸金の支払請求に対して被告が前記利息の支払をしたことが、本件手形の白地補充権の時効の中断事由となる旨を主張するものである。

原・被告間で白地補充権の行使に関する何らかの人的な事由が存する場合には、原告は、右の人的な事由にしたがって白地補充権を行使するべきであることは先に述べたとおりである。そして、右人的な事由が、白地補充権の行使時期に関するものである場合には、その事由が存するまで白地補充権の行使は制約を受け、その結果、白地補充権の時効進行も阻害されることもあり得るというべきである。本件においては、前記認定のとおり訴外申の本件貸金請求に対して被告が利息金支払に応じたが、その後請求を重ねるも支払の態度を示さないことから本件白地補充権を行使するに至ったというのである。そうであるとすれば、原・被告において、被告が、訴外申からの本件貸金の支払請求に対してその支払をしないことあるいはその利息の支払に応じない等の一定の事由が発生するに至るまでは、本件手形の白地補充権の行使をすることが妨げられるというような合意もしくは特約等が存し、右合意等に基づく事由が発生しない場合に、原告が白地補充をして手形金の請求をしてきた時には、右合意等に基づいて支払請求を拒むことができるというような人的な事由が存する事実を認めることはできない。したがって、被告において前記利息の支払をしたことが、本件手形の白地補充権の行使を猶予し、あるいは制約を課するというような妨げる人的な事由と解することはできないし、白地補充権の行使についての法律上の障碍事由であると解することもできない。また、本件の全証拠を精査するも、原・被告間において、本件手形の白地補充権の行使につき前記のような人的な事由が存するという事実関係も認められないから、結局、右利息の支払が、本件手形の白地補充権の行使を妨げる法律上の障碍となると認めることはできない。

3  被告は、支払期日を白地として本件手形を振り出し、平成二年一一月一日ころに原告が、右支払期日欄等の白地を補充して本件手形を呈示して、支払請求をしたものであるが、原告の右白地補充は、本件手形の振出しから五年以上を経過した後になされたものであるから、消滅時効がすでに完成していることは自明である。原告は、被告が本件手形の原因関係である本件貸金についての利息の支払をしたことが、右時効の進行を中断せしめる事由となると主張するが、右に検討したとおり、原告が主張するところの右利息の支払に関する事実を本件所掲の証拠上、肯認することはできないし、また、右利息の支払がなされたとしても、それが本件手形の白地補充権の行使を妨げる法的な障碍事由と解することはできない。

したがって、本件手形の白地補充権が、振出日より五年の経過により時効によって消滅したとする被告の抗弁は理由があるが、被告の利息の支払いにより右白地補充権の時効の進行が中断したとする原告の再抗弁は理由がないので採用しない。

三右事実によると、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官星野雅紀)

別紙手形目録

(約束手形)

金額  金三五〇〇万円

支払期日 昭和六五年一一月八日

支払地   東京都渋谷区

支払場所  朝銀東京信用組合本部営業部

振出人   安田春吉

振出日   昭和五四年一二月二一日

振出地   東京都渋谷区

受取人兼第一裏書人 申相澈

(支払拒絶証書作成義務免除)

被裏書人  白地

第二裏書人 申徹

(支払拒絶証書作成義務免除)

被裏書人  白地

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